クロウ・バザード極悪旅/4

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極悪、最終決戦へ

第4章 挿絵

# クロウ・バザード極悪旅 第4章「裏切りと秘密、最深部へ」

「クロウ・バザード、貴様――裏切ったのか」

 シュヴァルツの剣先が、俺の鼻先五センチのところで止まった。夕暮れの橙色に染まった廃村の広場。風が乾いた砂埃を巻き上げて、三人の間を通り抜けていく。

 思ったより、ずいぶん早くバレた。

 話は一時間前に遡る。

 立ち寄った道中の村は、半分が廃墟になったようなさびれた場所だった。傾いた看板、割れた窓、でも酒場だけはしっかり営業してやがる。どんな状況でも酒場だけは生き残る。それが世の真理だと思う。

 俺がぬるいエールを引っかけていると、隣のテーブルから男が滑るようにやってきた。商人ギルドの連中だ、とすぐわかった。仕立てのいい外套、でも眼が笑っていない。金の匂いを嗅ぎつけて動く、俺と同じ種類の生き物。

 「クロウ・バザード氏、でしょうか」と男は囁いた。「二人のお仲間を売っていただければ、魔王の心臓の換金額の半分をお支払いします。悪い話じゃないでしょう」

 断れるわけがない。俺は三秒で「乗った」とうなずいた。

 良心の呵責? そんなもん生まれた時から持ってねえ。俺はクロウ・バザード、金と私利私欲で動く男だ。それ以外の何者でもない。

 だが――まあ、そういう時に限って間が悪いもんだ。

 密書を懐にしまって表へ出た瞬間、通りの向こうからドォンという爆音と、木材が吹き飛ぶ甲高い破砕音が聞こえてきた。次いで、ルーベの朗らかな声。「あら、見つけちゃった」

 商人ギルドの詰め所の壁が、きれいに半円形にえぐれていた。巨大トマホーク一振りで。ルーベは瓦礫の中から折れた机を踏みつけ、俺への密書の控えらしき羊皮紙を手にして、にこにこ笑っていた。

 さすが暴力で全部解決する女だぜ……。世の中、頭使うより腕力の方が早いことがあるとは思うが、これはさすがに早すぎる。

 「言い訳は?」

 シュヴァルツが低い声で言う。剣は下ろさない。金色の瞳が、まっすぐに俺を見ている。この男の眼は嘘をつかない。裏表がない、って意味じゃなくて、こいつ自身が嘘というものを体のどこにも持ち合わせていない感じがする。そういう眼だ。俺には一番居心地が悪い類の目つき。

 「……金のためだ」

 俺は肩をすくめて、正直に言った。嘘をついても無駄だと、なんとなくわかった。「俺はそういう男だろ。最初から知ってたはずだぞ」

 シュヴァルツの顎に力が入るのが見えた。剣先がわずかに揺れる。怒りと、それから何か別のもの――失望、かな。まあ、失望されるのは慣れてる。

 沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、意外にも、ルーベだった。

 「……正直に言う」

 いつもと違う声だった。からかうような軽さも、トマホークを振り回す時の嬉々とした弾みも、何もない。ただ、静かで、重い声。

 「私は、魔王の娘だ」

 俺とシュヴァルツが、同時に絶句した。

 ルーベの顔から、あの底抜けに明るい笑顔が消えていた。沈みかけた夕日の赤が横顔を染めて、初めて気がついた――この姫、ずっとそれを抱えてたんだ。あの笑顔の裏に、ずっとこれを。

 「心臓を封印し直さなければ、父の魂が完全に消えてしまう」

 ルーベはトマホークの柄を両手でゆっくり握り直した。「魔王と呼ばれた男でも、私には父だ。その魂が消える前に、きちんと眠らせてあげたい。……それだけが、私が旅をしている理由だ」

 重い沈黙。

 正直、俺は何も言えなかった。金のために仲間を売ろうとしたクズが、何を言えるっていうんだ。シュヴァルツも剣を下ろして、固く目を閉じていた。こいつなりに、何かを飲み込もうとしているらしかった。

 その時、地面が低く唸った。

 最初は地震かと思った。違う。規則正しい振動。足音だ。大勢の、重武装した兵の足音。

 村の三方から、国の騎士団が姿を現した。完全武装の、百人隊。夕陽を背に整列した鎧の列が、じりじりと包囲を縮めてくる。逃げ場はない。廃村の広場は、あっという間に死地に変わっていた。

 「呪いの進行が……もう限界だ」

 シュヴァルツが自分の左腕を見た。袖をまくると、黒い紋様が肘の内側まで這い上がっている。三章で刻まれた呪紋だ。最初は手首だけだったのが、もうここまで来ていた。「今夜中に心臓を手に入れなければ、俺たちは三人とも消滅する」

 消滅。なかなか洒落にならない言葉だ。

 俺は舌打ちして、頭の中で状況を整理した。売り飛ばそうとした仲間。魔王の娘だという告白。時間切れ寸前の呪い。そして百人の完全武装騎士。

 「……はあ、クソ。完全に詰んでんじゃねえか」

 思わず口から出た。本当に心の底からそう思った。

 でも――不思議なことに、俺はこういう状況が嫌いじゃない。完全に詰んでいて、あとは一手しかない。考える余地がない。それはある意味、シンプルで、潔い。

 俺はニヤリと笑った。多分、最高に悪い顔をしていたと思う。

 「シュヴァルツ、正面を頼む。あの百人の盾になれ。ルーベ、右翼を更地にしろ。トマホーク一本で何人行けるか試してみろ」

 「貴様は?」

 「俺は搦め手から最深部へ先行する。文句は帰ってから聞け」

 「貴様を信用できるか!」シュヴァルツの声に、今度は怒りより別の何かが混じっていた。「また逃げるつもりではないか」

 「できなくていい」

 俺は正直に言った。信用しろなんて言うつもりはない。俺はそういう男じゃない。「でも俺は、自分の命だけは絶対に惜しむ。それだけは保証してやる。俺が死ぬ時は、お前らも全滅する時だ」

 シュヴァルツが一瞬、黙った。

 ルーベがトマホークを肩に担ぎ直して、口角をゆっくり上げた。さっきまでの静けさが消えて、また見慣れたあの笑顔が戻ってくる。でも今度は、その裏に何があるのか俺は知っている。

 「――面白い。行くぞ、クズ」

 騎士団の隊長が号令をかける声が聞こえた。包囲が動き出す。

 三人は同時に、それぞれの方向へ駆け出した。

 俺は路地の暗がりへ滑り込みながら、こっそりと思った。

 なんで俺、あいつらの背中が気になってんだろ。

 金のためだ。絶対に金のためだ。それ以外の理由なんか、俺には一ミリもない。

 そう言い聞かせながら、俺は最深部へ向けて走り続けた。