クロウ・バザード極悪旅/3

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呪いと野望、荒野を駆ける

第3章 挿絵

# クロウ・バザード極悪旅 第3章「呪い初日、最悪の連鎖」

 旅を始めて丸一日が経った朝、世界は俺への嫌がらせを始めやがった。

 夜明けの空はどんよりと曇っていて、じっとりした空気が肌にまとわりつく最悪のコンディションだ。道の両脇に生えた雑草はぐっしょりと夜露に濡れていて、靴の底まで湿り気が伝わってくる。俺はすでに機嫌が悪かった。廃屋同然の宿で一夜を明かした体はギシギシ痛むし、朝飯は水みたいに薄いスープ一杯だけ。こんな状況で「いよいよ宝探し二日目だぜ!」なんてテンションが上がるわけがない。

 そこへ、だ。

 馬が突然、何の前触れもなく棒立ちになった。ヒンッ、という高い鳴き声とともに前足が跳ね上がり、俺は完全に油断していた。鞍の上から盛大に放り出されて、道端の泥濘にどっぷりと顔から突っ込む羽目になった。

「……ぶっ」

 口の中に土の味が広がる。最悪だ。顔を上げると、鼻先に小石が転がっていて、全身に泥がべったりこびりついている。馬は何事もなかったかのように落ち着きを取り戻していた。あの野郎、わざとやりやがったな?

 ぺっと泥を吐き出しながら立ち上がろうとした、その瞬間。

 カキン、と乾いた音がした。

 振り返ると、シュヴァルツが真っ二つに折れた大剣を手に、呆然と立ち尽くしていた。自分の身長ほどもある代物が、まるでせんべいでも折るみたいに、あっさりと。音もなく、何の理由もなく。

「……呪いだ」

 奴が静かにそう言った。低くて落ち着いた声だが、その目はじっと折れた剣の断面を見つめていた。動揺を押し殺しているのが、全身から伝わってくる。

 俺は反射的にルーベを見た。

 あいつだけ、ぴんぴんしてる。朝日の薄い光の中で、赤みがかったツインテールをさらさらと風になびかせて、でかいトマホークを肩に担いだまま、きょとんとした顔でこっちを見ている。泥ひとつ、ついていない。

「なんで姫サマだけ何ともないんだよ!」

 俺が怒鳴ると、ルーベはぱちぱちと目を瞬かせてから、ぱあっと笑った。

「えー、わかんない♪」

 その能天気な笑顔を全力で引っ叩きたかったが、そこへ別の厄介ごとが降ってきた。

 がさがさと草むらが揺れたと思ったら、三人の男が姿を現した。革鎧に目だけ出した覆面、腰には使い込まれた短剣。俺は一瞬で状況を理解した。賞金稼ぎだ。しかも、こっちを目当てにしているやつら。魔王の心臓の情報が漏れてやがる。どこから嗅ぎつけた。

「クロウ・バザードさんよォ。その古文書、俺たちに譲ってもらおうか」

 先頭の男がにやりと笑って、指をぽきぽきと鳴らした。

 俺は即座に逃亡を提案した。当然だろ、泥まみれで剣なしで戦えるか。

「逃げるぞ」

「断る」

 シュヴァルツが、折れた剣の柄だけ握ったまま、すかさず返してきた。

「逃げるのは騎士の恥だ。まず話し合う」

「は? 話し合い? こいつらに?」

「どんな相手にも、言葉を尽くす機会を与えるのが正道だ」

 こいつ、本当に頭がいかれてる。俺が頭を抱えている間に、シュヴァルツはすたすたと賞金稼ぎどもの前に歩み出て、折れた剣の柄をびしっと構えた。剣がないのに、姿勢だけはものすごく様になってる。それが余計に腹立たしい。

 賞金稼ぎの男たちは一瞬きょとんとしてから、ゲラゲラ笑い始めた。

 その笑い声が終わらないうちに、ルーベが動いた。

「えへへ、じゃあ私が話し合うね♪」

 にっこにこの笑顔のまま、ジャイアントトマホークを両手で振りかぶる。さっきまで能天気に突っ立っていたくせに、動き出した瞬間の速さが人間のそれじゃない。

 そこからはもう、ド派手な乱闘だった。

 賞金稼ぎ三人が吹っ飛んだかと思ったら、今度は草むらの奥からお経みたいなものを唱える声が聞こえてきた。ずらりと並んだ白い法衣の集団が、「魔王の封印よ永遠なれ」とか何とか唱えながら行進してくるのが見えた瞬間、俺は本当に目が点になった。なんだあれ。

 さらにその後ろから、杖をついたよぼよぼの爺さんが現れて、「わしも心臓を回収しに来た」とか言い出した。魔法使いっぽいフードを被っているが、息が上がっていてとても脅威には見えない。

 もう訳がわからん。

 俺たちは逃げて、戦って、また逃げた。シュヴァルツが折れた剣の柄で器用にやり合い、ルーベがトマホークを笑顔で振り回し、俺は徹頭徹尾、逃げることと引き剥がすことに専念した。正義だの何だのより、生き延びることが先決だ。

 気づいたら、三人とも息を切らして廃村の酒場に転がり込んでいた。

 薄暗い店内は煤けた壁と古い木の匂いで満ちていて、昼間から酒を飲んでいる老人が二人、隅のほうで固まっている。俺たちが転がり込んできても、ちらりと一瞥しただけで気にする様子もない。この手の酒場の客は、見ないふりが得意だ。

 俺はカウンターの奥に座っていた情報屋のじいさんを見つけ、財布から銀貨を三枚引っ張り出してテーブルに叩きつけた。

「北の死霊峡谷について知ってることを全部話せ」

 じいさんは銀貨をゆっくりとかき集め、前歯の欠けた口でにやりと笑った。しわだらけの顔が、酒場の薄明かりの中で不気味に浮かび上がる。

「魔王の心臓は、北の死霊峡谷の最深部に眠っておる。ただし、あそこは――」

 じいさんが言葉を切った瞬間、ルーベがぽつりと言った。

「……お父様が、いた場所だ」

 その声は、さっきまでとは全然違った。乱闘中もずっとへらへらしていたくせに、今は静かで、低くて、まるで別人みたいだった。俺とシュヴァルツが同時に振り向く。ルーベの目は酒場の板壁を見ていた。いや、もっと遠くを見ていた。笑っていなかった。こいつのこんな顔、初めて見た。

 重い沈黙が落ちた。じいさんは銀貨を握ったまま、気を利かせたのか黙っている。

 シュヴァルツが静かに口を開いた。

「俺も、あの場所には因縁がある」

 低い声だった。こっちも、いつもの説教くさい口調じゃない。どこか、ずっと奥のほうを触るような話し方だ。

 俺は二人を交互に見た。なんだ、こいつら。まだ隠してることがある。最初からそうだと思っていたが、それが今、急に輪郭を持ち始めた気がして、なんとなく落ち着かない。

 俺は舌打ちして立ち上がった。椅子が軋む音が、静かな酒場に響いた。

「……まあいい。ルビーさえ手に入りゃ、あとは知ったことか」

 そう言ったとき、嘘だとは思わなかった。でも、本当のことを言った気もしなかった。ただ、妙に落ち着かない気分だけが胸の底に残ったまま、俺たちは北を目指すことにした。

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