クロウ・バザード極悪旅/2

2

呪いの三人組、極悪旅開始

第2章 挿絵

# クロウ・バザード極悪旅 第2章「呪いと契約と極悪パーティ」

 ドッカン!

 背後で石柱が崩れ落ちた。地面を揺らす重低音が骨の奥まで響いて、俺の背筋を冷たいものが走り抜けた。

「走れ走れ走れ!」

 俺は叫びながら、とにかく足を動かした。頭の中にあるのはただ一つ――死にたくない。金も女も、生きてりゃいくらでも手に入る。でも死んだら終わりだ。当たり前のことを、こんなにリアルに思うのはいつぶりだろう。

 遺跡の壁が、めちゃくちゃな速度でひび割れていく。まるで巨人の手が内側から引き裂いているみたいだ。床も天井も怒り狂った生き物みたいにガタガタ揺れて、古代の粉塵が煙幕みたいに視界を白く染める。咳き込みながら腕で顔を覆っても、石灰の臭いが容赦なく鼻を刺してくる。

「前方、落石!」

 シュヴァルツが吠えると同時に、天井の岩盤がごっそり剥がれ落ちてきた。あの銀色の大盾を体の前に構えた瞬間、ガンガンガンと凄まじい音を立てて岩が弾き飛んでいく。粉砕された石くれが俺の頬をかすめて、ひりっとした痛みが走った。

 ……さすが脳筋騎士、こういう時だけは本当に頼りになる。絶対に本人には言わないけど。

「あははっ、たのしいー!」

 その横では、ルーベが満面の笑みを浮かべながらトマホークをぶん回していた。迫りくるトラップの刃を次々とぶち壊して、ついでに崩れてきた石柱を砕いて、なんならくるっとターンまで決めてみせる。楽しそうにするな。こっちは死ぬほど怖えんだよ。

 俺は俺で、昔こっそり盗んだ遺跡の見取り図を必死に脳内で引っ張り出していた。角を曲がるたびに地図と現実を照らし合わせて、ルートを計算して、外れていたら即修正。本来ならこの能力は美術商を騙すとか、金持ちの屋敷から抜け出すとかに使いたかった。なのに今は命がけの脱出に全振りだ。人生ってままならない。

「右に曲がれ! この先に隠し通路がある!」

 俺の声に、二人が無言で従った。こういう時だけは俺の言うことを聞くくせに。

 狭い隠し通路を体をねじ込むようにして抜け、斜めに傾いた階段を転がるように駆け下りて――どうにか三人で出口を突破した頃には、空がうっすらと白み始めていた。

 夜が終わろうとしていた。

---

 俺たちは遺跡の外、雑草だらけの草むらにへたり込んだ。

 しばらくは誰も喋れなかった。ただ荒い息を吐き続けながら、空が少しずつ紫から淡い橙色へと変わっていくのをぼんやり眺めた。冷たい夜明けの空気が、火照った体に染みるように入ってきて、それだけが妙に気持ちよかった。

 生きてる。

 その事実が、じわじわと全身に沁み渡ってくる。

 沈黙を破ったのはシュヴァルツだった。

「クロウ・バザード。呪いについて説明する」

 そいつが渋い顔で語り始めた内容が、また最悪だった。

「『魔王の心臓』が宝箱の外に持ち出された瞬間、それを持ち出した者全員に、24時間ごとに呪いの災厄が降りかかる。内容はランダムだが、いずれも生命に関わる。解呪する方法はただ一つ――心臓を然るべき封印の地へ返すことのみだ」

 俺はしばらく黙って、草の上に転がったまま虚空を見つめた。

 ……「然るべき封印の地」ってどこだよ。

「つまり。俺が返さない限り、お前らも道連れってことか」

「そういうことだ」

 シュヴァルツの声に感情はない。事実を告げているだけだという、揺るぎない平静さがかえって腹立たしい。

「最悪じゃねーか!」

 俺は草むらの上で仁王立ちになって、朝焼けの空に向かって絶叫した。声が遠くの山に吸い込まれて、消えた。

 あのルビーを売ればハーレム確定だったのに。一生分の贅沢が、あの一個の赤い石に詰まってたのに。それがまさか、こんな使い方をされるとは。

 とはいえ、選択肢はない。呪い持ちのまま次の夜を迎えたら、ろくな目に遭わないのは俺も同じだ。俺はいつだって、一番得な道を選ぶ。だから今この瞬間、一番得な選択は――諦めて、こいつらと一緒に動くことだ。

 そこまで頭の中で整理した俺の横で、ルーベがにこにこしながら無邪気に手を挙げた。

「わたしも行く理由があるし、一緒に行こうよ!」

「……理由を聞かせろ」

「ひみつ!」

「使えねえ」

 でも、その笑顔に嘘はなさそうだった。理由は不明だが、こいつが旅について来るのを嫌がっていないのは確かだ。むしろ楽しんでいる。それはそれで怖いんだが。

 結局、その場で旅のルールを決めることになった。

 分け前は均等。夜営は交代制。戦闘の判断はシュヴァルツが下す――

「待て。戦闘の指揮は俺だ」

 シュヴァルツが当然のように言い直した瞬間、俺の中で何かがかちんと来た。

「はーん? 金勘定は俺が管理する。そこだけは断固として譲らねえ」

「却下だ」

「てめえ、どこの世界に金を騎士に任せる馬鹿がいる。横領されたって気づかないだろうが」

「貴様こそ横領する気しかないだろう」

「証拠はあるか?」

「貴様の顔が証拠だ」

 俺が「顔で判断するのかよ!」と怒鳴り返そうとした、まさにその瞬間。

「ふたりとも、喧嘩したら叩くよ?」

 ルーベが朗らかな笑顔のまま、トマホークをくるくると指先で回しながら言った。

 俺とシュヴァルツは三秒で黙った。あの武器の一撃の重さを、二人とも遺跡の中で嫌というほど目撃している。

 草の上に転がる虫の声だけが、しばらく周囲を満たした。

「……出発するぞ」

 シュヴァルツが短く言って立ち上がった。

「……ああ」

 俺も立ち上がって、コートの砂埃を手で払う。ポケットの中に、あのルビーがある。重さにして大したことはない。なのに、やたらと重く感じる。

 三人並んで歩き始めた。ぎこちなく、間合いを測りながら、誰も余計なことを言わずに。

 朝日が地平線の向こうから顔を出して、草原を金色に染め始めていた。

 最悪のパーティが、最悪の旅を始めた瞬間だった。

第2章 呪いの三人組、極悪旅開始 — クロウ・バザード極悪旅 | みんなの物語