クロウ・バザード極悪旅/1

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魔王の呪いで最悪の旅立ち

第1章 挿絵

俺、クロウ・バザードは酒場の薄暗い隅っこで、そう言いながらナイフをくるくると指の上で回した。蝋燭の炎が揺れて、刃がちかちか光る。演出は完璧だ。

向かいに座った太っちょの商人が、でっぷりした頬をひきつらせながら賞金袋を放り投げてくる。受け取って、片手でざっと重さを確認。

……軽い。明らかに軽い。

「おいおい」

袋の口を開けて中を覗くと、銀貨が申し訳程度に詰まっていた。約束の半額じゃないか。舌打ちしたい気分をぐっと飲み込んで、俺は袋をポケットに突っ込んだ。まぁ、今日はついてる日だから見逃してやる。この小心者の商人が震えながら俺の顔色を窺っているのを見るのも、正直もう飽きた。

なぜ今日がついてる日か?

それは、ついさっき起きた出来事のせいだ。

酒場に来る前、この店の前の路地で、泥酔した爺さんがへろへろと壁に寄りかかっていた。よほど飲んだらしく、目も虚ろ、口から意味不明なことをぶつぶつ呟いている。俺が横を通り過ぎようとすると、その爺さんが「これ……買わんか……」と、懐からぼろぼろの古文書を差し出してきた。

銅貨三枚。

そんな端金で手放す気か、と思いつつも俺は受け取った。損してもたかが銅貨三枚、笑い話にすればいい。

ところが宿に戻って広げてみると、古文書にはこう書いてあった。

「魔王の心臓――世界に並ぶもののない紅き宝珠、呪われた古代遺跡の最奥に眠る」

要するに、超でかいルビーだ。世界最高級の。

俺は三秒ほど天井を見つめてから、にやりと笑った。これ一個あれば、一生遊んで暮らせる。豪邸も余裕。ハーレムも余裕。朝から晩まで酒と肉と美女に囲まれた、最高の人生が約束されたも同然だ。その夜、俺は珍しく早寝した。胸の奥がわくわくして、なかなか眠れなかったのは内緒だ。

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翌朝、俺は遺跡の入り口の前に立っていた。

王都から半日ほど馬を飛ばした先にある、森の奥の廃墟だ。蔦が石壁を覆い尽くし、入り口のアーチには古代の文字が刻まれている。昼間でも木々が光を遮って薄暗く、鳥一羽鳴いていない。普通の人間なら足がすくむような場所だが、俺は特に気にしない。こういう場所ほど、中に宝が眠っているものだと相場が決まっている。

「さて」

指をぽきぽき鳴らして、俺は中に踏み込んだ。

夜間侵入より昼間のほうが見やすい。トラップの見極めも楽だ。通路の床を慎重に踏みしめ、糸トラップをかいくぐり、重力式の落とし穴を石を投げて確認しながら先に進む。何十もの罠をひとつひとつ丁寧に無効化していくうちに、俺の口元は自然とほころんでいた。我ながら完璧な仕事っぷりだ。俺みたいな天才が賞金稼ぎなんてやってるのは、世界にとっての損失だと思う。

そうしてついに、最奥の扉を開けた。

部屋はがらんとしていて、埃っぽい空気が鼻を突く。だが、その中央に置かれた物を見た瞬間、そんなことはどうでもよくなった。

黄金の宝箱。

足よりも先に心臓が跳び上がった。でかい。豪華だ。蓋の縁に施された彫刻まで細かくて、見るからに只者じゃない代物だ。俺は息を呑んで近づいた。床の埃を踏む足音が、やけに大きく聞こえる。

「あったぞ……!」

声が思わず漏れた。普段は感情を表に出さないように気をつけているのに、このときばかりは抑えられなかった。一生分のハーレムが、今まさに俺の手の届く場所にある。心臓がうるさい。指先がむずむずする。

考えるより先に、蓋に手をかけていた。

「待て、賊!」

低くて硬い声が、背後から飛んできた。

俺は反射的に振り返る。入り口の方向から、重い足音を立てながら近づいてくる人影がいた。全身鎧、腰に大剣、姿勢は棒みたいにまっすぐ。面頬を上げた顔は四角くて厳しくて、「正義」という二文字を彫り込んだみたいな面構えだ。脳みそまで筋肉で詰まっていそうな、絵に描いたような騎士野郎。

「シュヴァルツ騎士団、第三席――」

「やだやだやだ! あのルビーはあたしが先に見つけたんだもん!」

甲高い声と共に、何かが風を切って飛んできた。

俺は咄嗟に身をかがめる。巨大なトマホークが俺の頭上すれすれを通過して、壁にざんっと突き刺さった。柄がぶるぶると震えている。埃が降ってくる。

駆け込んできたのは、赤い髪をツインテールにした少女だった。フリルのついた豪華なドレス姿だが、その目はらんらんと輝いていて、ちっとも上品なところがない。というか、今し方人の頭に向かってトマホークを投げたやつが上品なはずがない。どう見ても姫だ。どう見ても暴力的な姫だ。

「てめぇら誰だ!」

怒鳴った。思いきり怒鳴った。

「ルーベ・フォン・アルハイン王女! 邪魔するやつは斬るよ!」

「だから待てと言っている! この遺跡はシュヴァルツ騎士団が封鎖した立入禁止区域だ!」

「うるさいシュヴァルツ! あなたこそ邪魔!」

「なんだとルーベ殿下!」

騎士と姫が俺を挟んでぎゃあぎゃあ怒鳴り合いを始めた。俺の頭がじんじんする。俺は今、完璧な一人作戦のど真ん中だったはずだ。なのにどうして両隣でうるさい連中がわめいているんだ。

「ちょっと静かにしろ、俺が——」

その瞬間だった。

宝箱から、真っ赤な光が溢れ出した。

じわりと広がる光じゃない。噴き出すような、爆発するような、目を灼く深紅の閃光だ。俺は思わず腕で目を覆う。遺跡全体がぐらりと揺れた。足元の床が、波打つように振動する。壁に古代文字が次々と浮かび上がり、赤く燃えるように明滅し始めた。

空気が変わった。

さっきまでの埃っぽい静けさが消えて、肌を刺すような、ぴりぴりした何かが部屋中に満ちている。俺の本能が、じっとしていたら死ぬぞと叫んでいた。

壁に浮かんだ文字が、俺にも読めた。古代語の授業をさぼりまくった俺でも、これだけははっきりと。

――魔王の呪い、解放。

「……あ」

声が出た。間抜けな声が。

俺が開けたせいだ。宝箱を開けたのは俺だ。完全に、疑いの余地なく、俺のせいだ。

天井から石がひとつ、どさりと落ちた。それを合図にしたように、轟音が響いて、遺跡全体がきしみ始める。亀裂が天井を走り、石の破片がぱらぱらと降り注いできた。

三人は、ほぼ同時に走り出した。

作戦も話し合いも何もない。ただ生存本能だけが足を動かしている。脳筋騎士も暴力的姫も、俺の両隣でものすごい勢いで疾走している。

「おい外道! これはどういうことだ!」

「知るか! 逃げろ!」

最悪の出会いで、最悪の呪いだ。

俺の一生ハーレム計画は、スタートから三秒も経たずに瓦礫と轟音の中に消え去った。