クロウ・バザード極悪旅/5

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極悪、心臓を掴め

第5章 挿絵

# クロウ・バザード極悪旅 第4章「極悪、魔王の心臓を手に入れろ」

「死ね死ね死ね死ね!」

ルーベのトマホークが閃くたびに、空気が唸りを上げて裂ける。魔王の化身とやらの黒い甲殻が砕け散り、破片が石床に雨のように降り注いだ。遺跡の最深部――天井まで届くような巨大な空間の中で、俺たちは三人して化け物の相手をしていた。

シュヴァルツが聖剣を両手で構え、核心部とやらを抑え込む。分厚い甲殻の隙間から鈍く光る何かを封じ込めながら、奴は歯を食いしばって一歩も退かない。正直、こいつの脳筋ぶりには呆れ果てるが、いざという時の壁としては最高の性能だと認めざるを得ない。

「クロウ、今だ!」

号令と同時に俺は走った。懐から取り出した手製の爆薬を、化け物の弱点らしき結晶部分にぶち込む。三秒後、くぐもった爆発音と共に黒い甲殻がごっそりと吹き飛んだ。粉塵が舞い、石床が揺れ、俺たちは三人とも咳き込みながら膝をついた。

完璧なチームワーク。我ながら惚れ惚れする出来だ。

だが、そこで時間が止まった。

「クロウ……ちょっと聞いて」

ルーベの声だった。あの娘は普段うるさい。とにかくうるさい。叫ぶか笑うか暴れるかの三択で生きているような女だ。だから静かな時は、ろくなことがない。反射的に背筋が冷えた。

シュヴァルツが古文書を握りしめて立っていた。火明かりに照らされた顔が、いつになく青白い。こいつがこんな顔をするのも珍しい。拷問されても眉一本動かさないような男が、今は薄く唇を震わせていた。

「心臓は……ルーベの命と繋がっている」

声が静かすぎて、遺跡の奥から吹き込む冷たい風の音がやたら大きく聞こえた。

「彼女は魔王の娘だ。心臓を持ち出せば――」

「死ぬよ」

遮ったのはルーベ本人だった。

あの能天気な笑顔のまま、さらっと言いやがった。まるで「今日の飯はなんだろ」くらいの気軽さで。トマホークを肩に担いで、石床の破片を無意味につま先で蹴りながら。

沈黙が落ちた。

俺の頭の中で、乾いた音がした。そろばんを弾く音だ。俺の中の商人が、さっさと計算を始めていた。世界最高級のルビー。一生ハーレム暮らし。不労所得。汚い仕事からの完全引退。全部、ルーベ一人と引き換えにすれば手に入る。数字はきれいに揃う。帳尻が合う。

するすると、計算が出てくる。

俺は天井を見上げた。高い。暗い。どこか遠くで石がきしむ音がした。遺跡全体がゆっくりと、終わりに向かって崩れていくみたいだ。

ルーベの笑顔が視界の端に引っかかった。あの馬鹿みたいな笑顔。こいつがこの旅で何度俺に迷惑をかけたか、指じゃ数えきれない。勝手に突っ込む、勝手に暴れる、勝手に食い物を食い尽くす。クソほど使えないくせに、クソほど邪魔をする。

ああ、クソ。

「――ルール変更だ」

気づいたら俺は動いていた。宝箱の蓋を、思い切り閉める。重い音が遺跡に反響した。

「は?」

シュヴァルツが目を剥く。珍しいな、そんな顔もできるんだな、と俺はどうでもいいことを思った。

「呪いの解き方、最初から間違えてたんだよ」

俺は振り向かずに言った。口から出まかせが滑らかに転がり出てくる。これが俺の唯一の才能だ。

「持ち出すんじゃなくて、三人でここに揃って守ることが条件だったんだろ。だから俺たち三人が呪われた。最初からそういう仕組みだったんだ、この宝箱は」

完全なでたらめだ。根拠なんて一ミリもない。古文書にそんなことは一行も書いてなかったし、俺は今この瞬間に思いついた。証拠も論拠も全部ゼロだ。

だが次の瞬間、遺跡全体が白く光った。

ぶわ、と全身を包むような光だった。眩しさで目が細くなる。そして肩に、ずっとのしかかっていた重さが――旅の始まりからずっと俺たちを縛っていた「呪いの気配」が、嘘みたいにすっと消えた。

「……当たってたじゃないか」

シュヴァルツが呆然と立っている。聖剣を握ったまま、口だけ半開きで。

「天才だから」

俺は肩をすくめた。心臓が少しうるさかったが、それは誰にも言わない。

ルーベはしばらくの間、俺の背中を見ていた。空気でわかる。見てんじゃねえよ、と思いながら俺は宝箱から手を離した。

それからルーベは、ぼろぼろ泣き始めた。

うるさい。本当にうるさい。泣き声まであの調子かよ。感動の場面の雰囲気が台無しだ、まったく。

結局、金はゼロだった。ルビーは遺跡の最深部に置いてきた。一生ハーレム暮らしの夢は、重い宝箱の蓋と一緒に綺麗さっぱり閉じ込めてきた。古文書の代金も回収できていない。どう計算しても大赤字だ。

「次の旅はどこへ?」

遺跡を出たところで、ルーベが言った。夜明けの空が薄く白んでいる。涙は拭ったらしく、もうあの馬鹿みたいな笑顔に戻っていた。切り替えが早すぎる。

「知るか」

「一緒に来るんでしょ?」

「……金次第だ」

シュヴァルツが深くため息をついた。こいつのため息は一回が長い。損した気分だ。俺はとっくに歩き出していた。

後ろで二人分の足音がついてくる。石畳を踏む音、草を踏む音。揃っているわけじゃないのに、なんとなくリズムが合っている。

極悪旅は、まだ終わらない。