宅建恋活!不動産学園/2

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図書室の恋愛方程式

第2章 挿絵

# 第2章「図書室の秘密と小テストの奇跡」

「ここが私のお気に入りスポット」

橘さんがそう言って足を止めたのは、図書室の奥の奥、背の高い本棚が迷路みたいに並んだ一角だった。棚と棚のあいだを抜けると、急に視界がひらけて、窓際に小さなテーブルがぽつんと置いてある。ふたり掛けの椅子。窓から差し込む午後の光が斜めに落ちて、積み上げられた参考書の表紙をやさしく照らしていた。

「……なにここ、秘密基地みたい」

思わずそうつぶやいたら、橘さんはにっこりして「でしょ」と言った。彼女——橘琴音さん——は入学初日にわたしの隣に座って、授業中にこっそり用語の意味を教えてくれた子だ。セミロングの髪をいつもひとつに束ねていて、テキストには付箋がびっしり。どう見ても宅建エリートなのに、なぜかわたしみたいな落ちこぼれ予備軍に声をかけてくれる不思議な人。

わたし——宮本ひな——は椅子を引きながら、鞄の中のテキストを取り出した。「宅地建物取引士 完全合格テキスト」。ぶ厚さが圧迫感を放ってくる。昨日から表紙しか開いていない。

「宅建の用語って難しそうに見えるけど、全部人間関係で考えると楽勝だよ」

橘さんは言いながらテキストをぱらぱらとめくった。指の動きに迷いがない。どのページも見慣れているみたいに。

「たとえば、『抵当権』ってあるじゃない」

「あ、うん。今日の授業で出てきた、よくわからなかったやつ」

「好きな人に、『私のこと、ちゃんと優先して』って約束させるようなもの、ってイメージするとわかりやすいよ。もしその人が約束を破ったら——つまり借金を返せなくなったら——担保にしてたものを売っちゃえるの。それが抵当権の実行」

「……あ」

思わず身を乗り出した。こんな説明、教科書のどこにも書いていない。堅い活字で並んでいたときはまったく頭に入らなかった言葉が、橘さんの口から出ると急に体温を帯びたみたいに感じられた。

「じゃあ『地上権』は?」

「他人の土地の上に、自分の建物を建てていい権利。友達の家に居候してるけど、正式に『住んでいい』って認めてもらってる感じ。ちゃんと第三者にも主張できる強い権利なの」

「へえ……」

窓の外で、グラウンドを使っている体育の授業の声が遠く聞こえた。こんなに穏やかな午後に、難しいはずの法律用語がするすると入ってくるのが、なんだかちょっとおかしかった。

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翌朝、一限が始まる前の廊下。わたしは教室に向かいながら、昨日橘さんに教わったことを頭の中でもう一度転がしていた。そして気づいたら、気がつかないふりをしていたドアの前に立っていた。

「権利関係」担当——赤峰誠一先生の研究室。

ノックするまでに三回深呼吸した。我ながら大げさだと思う。

「どうぞ」

聞こえてきた声は低くて、でも柔らかかった。ドアを開けると、先生は窓を背に本を読んでいた。ブラウンのフレームの眼鏡が、朝の光の中でやわらかく光っている。昨日の授業で見た「教壇の赤峰先生」より、なんとなく親しみやすい雰囲気があった。

「あの……昨日の授業で出てきた、制限行為能力者のところが理解できなくて」

声が上ずらないように気をつけながら言うと、先生は本を置いて、穏やかに笑った。

「よく来てくれたね。どこで詰まった?」

その一言だけで、なんとなく緊張がほどけた。先生は机の脇に椅子を引き寄せて、「座って」と示してくれた。

「宅建はね、条文を暗記する試験じゃないんだ」

先生はそう話し始めた。「誰かの立場になって、その人が不利益を被らないためにはどうすればいいか——それを考える力が問われる。だから昨日、恋愛と同じって言ったんだよ。相手のことを本気で想像できるかどうか」

「……相手の立場を想像する、か」

思わず繰り返したら、先生が「そう」と静かに頷いた。初日の「宅建は恋愛と同じ」という言葉が、ようやく少しだけほどけた気がした。

教室に戻るとき、廊下の角を曲がったところで、堂島くんの姿が目に入った。わたしが研究室を出るのと入れ替わるみたいに先生に声をかけていた堂島くん。不動産会社を経営する家の出身で、野心的なオーラをまとった彼は、先生と対等に話しているように見えた。

なんとなく胸がざわっとした。

先生のそばに自然に立てる人間が、ちょっとだけ羨ましかった。いや、悔しい、かな。うまく言葉にできないけど、そういう感情が胸のあたりにふわっと浮いた。

「ひなってば顔に出てるよ」

気づいたら橘さんが隣に並んでいた。

「ちょ、見てたの」

「見てなくてもわかる」

軽やかに笑う橘さんに、やめてほしいと思いながら、否定できなかった。

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そしてその日の放課後——人生初の宅建小テストが実施された。

事前告知なし。先生が「実力確認ね」とさらっと言って配られた十問のプリント。教室中にうめき声が上がる中、わたしはペンを持った手が震えないことに気づいて、少しだけ驚いた。

一問目。抵当権に関する問題。

——好きな人に「私を優先して」って約束させるやつ。

すらっとペンが動いた。

二問目。地上権。

——他人の土地に居候してる、でも正式に認められてるやつ。

動く。ちゃんと動く。

橘さんの「恋愛置き換え法」で詰め込んだ知識が、するするとペンを動かしていく。七問、八問——。

返却された紙を見たとき、思わず自分の目を疑った。

**74点。**

「クラス平均は60点でした」と先生が言った瞬間、心臓がどきんと跳ねた。

「……もしかして、わたしに才能あった?」

思わずつぶやいたら、橘さんに全力で笑われた。肩が揺れるほど笑う人を初めて見た気がする。「才能じゃなくて橘メソッドの力でしょ」と言われたけれど、それでもわたしはなんだかうれしかった。

ふと、今日の先生の言葉を思い出す。「相手のことを本気で想像できるかどうか」。

そういえばわたし、先生のことが気になっている。どうしてこんなにも宅建を愛しているのか。教壇の上で楽しそうに語るとき、先生の目は確かに輝いていた。その理由を知りたいと思った。

——あ。

これってもしかして、先生が言ってた「始まり」のやつなんじゃないか。

宅建への興味か、それとも別の何かへの興味か、自分でもよくわからないまま——でも確かに、何かがわたしの中で動き始めた気がした。