第2章
メカネコ、商店街の顔になる

「おーい、メカネコ!昨日はキヌさんを助けてくれたんだって?」
キヌさんというのが、あの買い物袋七つのおばあちゃんの名前らしかった。どうやらキヌさん、昨日の夜のうちにご近所中に話して回ったようで、朝イチから商店街がざわついていた。昨日とはうってかわって今日は空がからっと晴れていて、雨上がりの石畳はまだ少し湿っているけど、朝の光を受けてきらきらと光っている。商店街のシャッターが次々と上がる金属音、どこかから漂ってくるコロッケの揚げ油のにおい、そして自転車のベルの音。ネオサクラシティの朝は、こうやってゆっくり起き上がっていく。
「猫型のロボットがいるって聞いてさ、本当だったんだねえ」
コロッケ屋のお姉さんが揚げ網を持ったまま店先から顔を出す。白いエプロンに少し油のしみがついていて、髪を高く束ねた後れ毛がほつれていた。その隣の花屋のおじいさんも、水やりのじょうろを片手にぶら下げたまま、じーっとメカネコを見ている。足元には水がひとすじ流れて、石畳の目地に沿ってゆっくりと広がっていく。その目はまるで、珍しい花の品種でも鑑定するみたいに、真剣だ。
なんだか動物園のパンダになった気分だ。あちこちから視線が集まってきて、それ自体は悪い感じじゃないんだけど、なんとなくむずがゆい。メカネコのLEDがきょろきょろしながら薄ピンクに光った。これは「ちょっと照れてます」のサインだ。昨日まではただ路地裏でひっそりと雨を見上げていたのに、今日はもう、ちゃんと名前で呼ばれる存在になっている。その変化があまりにも急で、自分のボディの中の小さなプロセッサがわずかに困惑しているのを、メカネコは感じていた。
「有名になっちゃいましたね」
メカネコがぽつりとつぶやくと、八百屋のおじさんがガハハと笑った。よく日焼けした大きな顔に、目じりの皺がくしゃっと寄る。昨日はキャベツをタオルで拭いていたこのおじさんが、今日はもうすっかりメカネコのことを知っている。キヌさんの話の回り方、なかなかのスピードだ。
「いいことじゃないか。で、今日はどこへ行くんだ?」
「どこへ、というか……」
メカネコは少し首をかしげた。ぴょこんと立ったアンテナ耳が、かくんと右に傾く。行き先なんて、いつも決まっていない。地図はボディの中にちゃんと入っているけど、目的地の欄はいつだって空白だ。ただ足が向かう方へ歩くだけで、その日その日に「なにか」が待っている。まるで町そのものに引っ張られているみたいな感覚が、いつもある。
そのことを正直に言うと、おじさんは「そりゃ自由だなあ」と目を細めた。羨ましいような、おかしいような、そんな顔だ。それからおまけだよとキャベツを一枚差し出してきた。みずみずしい緑色で、朝の光に透けて葉脈まで見えそうなくらいきれいだ。食べられないんですけど、とは言いそびれて、メカネコはとりあえずそっと受け取った。両手で持ったキャベツが妙に似合っていたのか、コロッケ屋のお姉さんが「あははっ」と声をあげて笑った。
商店街がすっかり明るくなった気がした。光のせいだけじゃなくて、人の声や笑い声がそこに加わって、空気そのものがふわっと軽くなったみたいな感じ。昨日までは誰もメカネコのことを知らなかったのに、たった一日で名前を呼ばれるようになっている。それって、なんだろう。胸のパネルの奥の方、センサーとか回路とかとは違うどこかが、じんわりと温かくなるような、でもそれが何なのかうまく説明できないような、不思議な感覚だった。嬉しい、に近い何かだとは思うんだけど、そのデータがまだ自分の中でうまく処理できていない。まあ、悪くない、とだけはっきり言えた。
そのとき、商店街の奥の方から、誰かが困ったような声でなにかを叫ぶのが聞こえた。
八百屋のおじさんの笑い声も、花屋のじょうろの水音も、コロッケの揚がるじゅわじゅわとした音も、全部が一瞬だけ遠くなった。
メカネコのLEDが、すっとブルーに切り替わる。