第1章
メカネコ、町に現れる!

「また雨かぁ」
近未来の町・ネオサクラシティの路地裏で、一匹の猫型ロボットが空を見上げてつぶやいた。
灰色の雲がどんよりと空を覆って、古いビルの隙間から覗く空は、まるで誰かが消しゴムで何度もこすったみたいにぼんやりしている。雨粒がアスファルトを叩く音がぽつ、ぽつ、と不規則に響いて、路地裏の排水溝をちろちろと流れていく。水たまりに映ったネオンが、雨のたびに揺れてはまた元に戻る。
その名は、メカネコ。
シルバーのボディに丸みを帯びたフォルム、ぴょこんと立った耳のアンテナ、そして胸元にきらりと光る小さなパネル。雨粒がボディに当たってもさらさらと弾かれていくのは、防水加工がばっちりだからだ。見た目はほぼ「猫」なのに、なんとなく愛嬌があって、なんとなく頼りになりそうな、不思議な存在だ。
目はLEDで光る仕組みになっていて、気分や状況によって色が変わる。いまはおだやかなオレンジ色。「まあまあ良い気分」のサインだ。雨なんて、そんなに気にしてない。ちょっとだけ、しっとりした空気が好きだったりもする。
メカネコはとくに誰かに作られた目的があるわけでもなく、ふらっとこの町にやってきた。でも不思議と、困っている人のそばにいつも現れる。まるで磁石みたいに。自分でもよくわかってないけど、「誰かが困ってるな」って気配を感じると、足が勝手にそっちへ向かっていくのだ。それがロボットとしての本能なのか、それとも長い時間をかけて身についた習慣なのか、メカネコ自身にもよくわからなかった。ただ、助けたあとに相手の顔がぱっと明るくなる瞬間が、なんかいい、とは思っている。
その日も、メカネコがいつものように商店街をぶらぶら歩いていた。雨上がりの商店街はいつもより人が少なくて、八百屋のおじさんが店先に並べたキャベツをタオルで拭いていたり、傘を畳みながら小走りで通り過ぎる会社員がいたり、それぞれのペースで動いている。濡れた石畳に反射して、商店街のカラフルな看板がいくつも揺れていた。メカネコはそれをぼんやり眺めながら、特に急ぐでもなくてくてく歩いていた。
そのとき、角を曲がったところで「うわっ」っていう声が聞こえた。
見ると、小さなおばあちゃんが大量の買い物袋を両手にぶら下げて、今にも倒れそうにふらふらしている。袋の数、なんと七つ。大きいのも小さいのも混ざっていて、持ち手が細い指に食い込んで、その手が真っ赤になっていた。しかもそのうち一つからネギがはみ出ていて、なんともカオスな状態だ。おばあちゃんの顔には「もうちょっとだから頑張れる」という意地と、「でも正直きつい」という本音が、同時に浮かんでいた。
「あちゃ〜」
メカネコのLEDがすっとブルーに変わった。「なんとかしなきゃ」モードのサインだ。胸の中で小さなアラートが鳴る。と言っても、ピリピリした感じじゃなくて、「よし、出番だ」ってちょっとだけ気持ちが前のめりになる感覚に近い。
「おばあちゃん、手伝いますよ!」
メカネコはぱたぱたと駆け寄り、胸元のパネルをぱかっと開いた。パネルの内側には細かいメカがびっしり詰まっていて、中からするするっと伸びるアーム。精密に動く指先が、まるでピアニストみたいな滑らかさで、袋をひとつひとつ、こぼさないようにそっと受け取っていく。ネギが落ちないように角度も調整して、全部で七つ。でもメカネコにとっては、まったく重くない。センサーが袋の重量を瞬時に測って、バランスを自動で調整してくれるから、むしろ安定感は増していた。
「まあ!猫ちゃん、すごいねえ」
おばあちゃんが目をまるくした。さっきまで赤くなっていた指をそっとほぐしながら、信じられないものを見るような目でメカネコを見つめている。
「猫、ではありますが、ロボットでもあります。メカネコっていいます」
にこっとLEDが黄色に光る。「よろしく」のサインだ。おばあちゃんの顔から疲れがほろっとこぼれ落ちて、やわらかい笑顔が広がっていくのを、メカネコのセンサーがちゃんと捉えていた。なんかいい、とメカネコは思った。
その瞬間、商店街を通りがかった人たちが何人か足を止めて、こっちをちらりと見た。傘を持ったままの人も、キャベツを抱えた八百屋のおじさんも、みんな同じ顔をしていた。「なんだあれ」と「かわいいな」が半々に混ざったような、そんな顔。
雨がまた少しだけ強くなって、石畳に小さな波紋がいくつも広がった。
それが、メカネコとネオサクラシティの、最初の一歩だった。