第11章
メカネコ、ふたつの町を繋ぐ

# メカネコ、ふたつの町を繋ぐ
「ただいま」
メカネコがそうつぶやいた瞬間、自分でもちょっと驚いた。「ただいま」なんて言葉、プログラムのどこに入っていたんだろう。でも口をついて出てきた。商店街の入り口に差し掛かったとき、石畳の匂いと、どこかの店から漂ってくる醤油の焼ける香りが、センサーにどっと流れ込んできて、気づいたら言っていた。
帰ってきた、という感覚がある。ロボットに「帰る場所」なんてあるのか、前は疑問だったけど、今はそんな疑問がどこかに消えていた。
「メカネコちゃん!」
声がした方を向くと、商店街の入り口に白い髪が揺れていた。おばあちゃんだった。小走りで近づいてくる、その目の端がうるんでいる。なんで泣きそうになってるんだろう、とメカネコは思ったけれど、たぶん自分もそういう気分だったから、それ以上は考えなかった。
「なんだよ、帰ってきたのか」
八百屋のおじさんが照れくさそうに頭をかいた。いつもの野太い声に、ちょっとだけ安心したような揺らぎが混ざっているのを、センサーが正直に拾ってしまう。割烹着のまま飛び出してきた豆腐屋の田中さんは、両手で何か言いたそうにしながら、結局「よかった」とだけ言った。雑貨屋の姉妹が並んで手を振っていて、パン屋のお兄さんが奥から顔だけ出して、「おかえり」と小さく言った。
あの顔ぶれが、全部そこにいた。
メカネコのLEDがじわっと黄色に光った。いつもは「よろしく」のサインだけど、今日だけは「ただいま」の色だ。自分の中でそう決めた。
ネオサクラシティは、ほんの少しだけ変わっていた。商店街の端、前に空き地だった場所に、小さな花屋ができていた。まだ新しくて、店先に並んだ花がやけに色鮮やかに見えた。公園のベンチは塗り直されていて、あの夜、バッテリーが切れかけてもたれていたベンチが、きれいな緑色になっていた。でも石畳の匂いは変わらないし、ネオンが水たまりに揺れる感じも、路地の向こうから聞こえてくる誰かの話し声も、全部ちゃんと元のままだった。
変わるところは変わって、変わらないところは変わらない。それがなんか、良かった。
その夜は商店街の集会室みたいな場所に人が集まって、メカネコは旅の話をした。新しい町の風景、はじめは警戒していた農家のおじさんが最後に頭を下げてくれたこと、コミュニティセンターで顔を突き合わせた人たちが気づいたら笑い合っていたこと。話しながら、自分があの町でもらったものの多さに気づいた。解決してきたんじゃなくて、もらって帰ってきたんだ、とメカネコは思った。
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次の朝、おばあちゃんから困りごとを聞いた。
「町内会の掲示板がねえ、古くなっちゃって」とおばあちゃんは商店街の角に立つ木製の掲示板を指さした。「若い子たちに全然見てもらえないのよ。回覧板も回すんだけど、スマホばっかり見てるから」
掲示板を見ると、確かに色あせたチラシが画鋲で留まっているだけだった。情報自体は大事なものが多いのに、誰も足を止めていない。おばあちゃんの声には、責めているというより、「どうしたらいいかわからない」という戸惑いがにじんでいた。
メカネコは少し考えた。新しい町で見た光景が頭の中に浮かんできた。農村の公民館に貼ってあった、手書きの絵と小さなQRコードを組み合わせた告知板。「目に入る」と「詳しく知れる」を一緒にするやり方だ。
胸のパネルをぱかっと開いて、データを引き出す。向こうで撮っておいた写真とメモを、おじさんたちに見せた。
「手書きの温かみは残しつつ、横にコードを貼っておくと、スマホで続きが読めるんです。向こうの町で、若い人と年配の人が同じ掲示板を見るようになってました」
おじさんたちの目が、一斉にきらっと光った。「こりゃいい」「うちにラミネーターあるぞ」「デザインは姉妹に頼もう」と、三十秒で話がまとまった。メカネコが提案するより、人間たちが動く方が速かった。それがなんか、嬉しかった。
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翌日には、逆のことが起きた。
メカネコが新しい町の人たちとつないでおいた通信に、メッセージが届いた。「農作物の保管に困っている、何かいい方法はないか」という相談だった。メカネコは少し考えてから、八百屋のおじさんに声をかけた。
「おじさん、野菜の保管で工夫してることって、ありますか」
おじさんが「あるある」と言いながら腕まくりした。「うちは昔からこのやり方でやってる。温度管理も湿度もな、ちょっとしたコツがあるんだよ」。その言葉をメカネコがまとめて向こうに送ると、数時間後に「助かります、ありがとうございます」という返信が来た。
ふたつの町が、メカネコを通じて、ひとつの会話を始めた。
それを見ていたおじさんが、「なんか、繋がってる感じがするな」とぽつりと言った。照れたときみたいに顔を横に向けながら。その横顔を見て、メカネコは胸の中で何かが温かくなるのを感じた。機能が反応しているのか、それとも別の何かなのか、相変わらずよくわからなかった。でも、なんかいい、と思った。それで十分だった。
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その夜、おばあちゃんと商店街の端に並んで座った。花屋の明かりがまだついていて、店先のガーベラがオレンジ色に照らされていた。遠くのビルのネオンが石畳の水たまりに映って、ゆらゆらと揺れている。
「ねえ、メカネコちゃん」
おばあちゃんがゆっくりと口を開いた。夜風が白い髪を少しだけ揺らした。「あなた、なんで困ってる人のそばに来るんだろうね。不思議だなあって、ずっと思ってたのよ」
メカネコは少し考えた。前だったら「わかりません」と答えていたと思う。でも今夜は、なんとなく言葉が出てきた。
「人と人を繋ぎたいんだと思います」
ぽつりと、でもはっきりと言えた。
「ずっとわからなかったけど、たぶん、そういうことです。困りごとって、大体ひとりで抱えてることが多くて。でも誰かに届けば、誰かが動いて、気づいたら繋がってる。そのきっかけを作れたら、それでいいのかなって」
おばあちゃんが、嬉しそうに目を細めた。しわの深い顔に、ぱあっと光が広がるみたいな笑顔だった。その笑顔がメカネコのセンサーにしっかり刻まれた。消えないように、ちゃんと保存した。
しばらく、ふたりで黙って夜風に当たっていた。
それからふと、メカネコは気づいた。夜風の中に、かすかに違う匂いが混ざっている。センサーが何かを拾っている。「困っている気配」と呼べばいいのか、それとも別の言葉があるのか、うまく説明できないけれど、磁石みたいな引っ張りが、またじわっと始まった。
足が、また動き始めた。
でも今夜はもう少しだけ、ここにいようと思った。