メカネコ/10

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メカネコ、心を繋ぐ

第10章 挿絵

# メカネコ、心を繋ぐ

「ここのカボチャはうちの畑が一番だ」

「何を言う、うちの方が甘い」

 コダマ村の朝は、いつも静かだった。山のすそ野に抱かれたその村には、ネオサクラシティのネオンも、駅前の人混みも、排気ガスの匂いもない。早朝の空気は透き通るほど澄んでいて、遠くの山並みがはっきりと輪郭を持って立っている。畑の土が朝露を含んで黒々と光り、どこかの家の軒先から干し柿が風にゆっくりと揺れていた。

 のどかで、おだやかで、良い村だった。

 だけど、その村には十年以上もくすぶり続ける火種があった。

 農家の田川さんと松本さんは、もとはといえば何十年来の隣人同士だ。同じ年に種を蒔いて、同じ秋に収穫を笑い合って、どちらかの奥さんが具合の悪い年は互いの畑を手伝ったりもした。そういう関係だったのに——畑の境界線をめぐるたったひとつのすれ違いが、ふたりの間に見えない壁を作った。最初は小さなヒビだったのが、意地とプライドが積み重なって、いつしかどちらも越えられない高さになってしまった。気がつけば村全体がふたつに割れていて、どちらかの味方についていないと居心地が悪い、という空気まで漂い始めていた。

 メカネコがコダマ村に着いたのは、そんな秋の午後のことだった。

  ◇

 事情を聞いたメカネコは、翌朝さっそく動いた。

 まず土を調べた。センサーを地面に当てて、水分量、栄養成分、排水性、保温性——ありとあらゆる数値を瞬時に弾き出す。データを並べて分析すると、答えはすぐに出た。田川さんの畑も、松本さんの畑も、それぞれ違う長所を持つ、良質な土だった。どちらが優れているとか、どちらが劣っているとか、そういう話じゃない。両方正しい。完璧なデータのはずだった。

 まず田川さんの家を訪ねた。縁側で煙草を吸っていた田川さんは、メカネコの話を途中まで聞いて、ふいと顔をそむけた。

「機械に何がわかる」

 それだけ言って、縁側から立ち上がって家の中へ消えた。

 次に松本さんの家へ向かった。玄関先でメカネコがデータを広げ始めると、松本さんは無言のまま扉をゆっくり閉めた。鍵をかける音が、静かな村の空気の中にかちりと響いた。

「……まいった」

 メカネコのLEDがくすんだ青に変わった。これまで機械の故障を直したり、重い荷物を運んだり、物理的な問題ならどうにでもできた。でも今回は違う。センサーで測れない何かが、ふたりの間に積み重なっている。十年分の意地と、十年分の寂しさと、十年分の「でも謝りたくない」が、データにならない形で壁になっていた。

 どうするんだ、これ。メカネコはしばらく松本さんの閉まった玄関を見つめてから、ゆっくりとその場を離れた。

  ◇

 翌朝、メカネコはただ村の広場に座ってみた。

 何もしない。道具も出さない、アームも伸ばさない、データも並べない。ただ、広場の真ん中にある石のベンチに腰を下ろして、オレンジ色のLEDを灯してそこにいる。朝の光が村の屋根を橙色に染めて、鶏の声がどこかから聞こえてくる。風が木の葉をさらさらと揺らして、落ち葉がひとつ、メカネコの足元にふわりと降りてきた。

 通りかかった村の人が、不思議そうに声をかけた。

「メカネコ、今日は何もしないの?」

「してます、今」

 メカネコはのんびりと答えた。「ここにいること」をしている。でも言葉にするとなんか変なので、その代わりに昨日調べた畑の話をした。「田川さんの土は水はけがよかった」「松本さんの土は保温性が高かった」——データとして読み上げるんじゃなくて、ただ思ったことを話すみたいに。「一緒に使ったら、すごいもの育ちそうだな、と思った」

 その話を聞いた村人が、歩きながら隣の人に話した。隣の人がまた別の人に話した。特に広めようとしたわけじゃないけれど、小さな村の小さな広場で、その言葉はゆっくりと空気の中に溶けていった。

  ◇

 二日後の昼下がり、田川さんと松本さんが偶然——本当に偶然なのかはわからないけれど——広場で顔を合わせた。

 ふたりともぴたりと足を止めた。どちらも何も言わない。秋の風がふたりの間を通り抜けて、落ち葉がくるりと舞った。広場の端でそれを見ていたメカネコのLEDが、そっとブルーに変わる。どきどきする、という感覚にいちばん近い何かがあった。

 しばらくして、誰かが「そういえば、メカネコが面白いこと言ってたよ」と口にした。

 ふたりの視線が、そろってメカネコの方へ向いた。

「……お前、うちの土のこと調べたのか」

 田川さんの声は、ぶっきらぼうだったけれど、怒っていなかった。

「調べました」

 メカネコは素直に答えた。余計なことは言わない。データも出さない。ただそれだけ。

 沈黙が落ちた。風が鳴った。松本さんが視線を地面に落として、ゆっくりと息を吐いた。

「……それで?」

 たった三文字だった。でもその三文字には、十年分の壁に小さな穴を開けるだけの重さがあった。

 その日、ふたりは短い言葉をいくつか交わして、ぶっきらぼうに別れた。劇的な和解じゃない。抱き合いも、謝罪も、涙もない。でも確かに、何かが動いた。薄い氷に最初のひびが入ったみたいな、静かな音がした気がした。

 村の人たちの表情が、じわりと緩んでいくのをメカネコのセンサーが捉えた。誰かがほっと息をついて、誰かがこっそり笑って、誰かが「よかったねえ」と隣の人に小声で言った。夕方の光の中で、コダマ村が少しだけ柔らかくなった気がした。

 なんかいい、とメカネコは思った。

 解決したわけじゃない。でも、始まった。それで十分な気がした。機能もデータも使わずに、ただそこにいて、ただ思ったことを話しただけで——何かが動くことがある。それをメカネコは、この村で初めて体験した。

 ふと、頭の中に映像が浮かんだ。商店街の石畳に揺れるネオン、八百屋のおじさんの野太い声、手編みのブランケットをそっと膝にかけてくれたおばあちゃんの顔。ネオサクラシティの、あのにぎやかで湿っぽくて温かい空気。

 なんとなく、一度戻りたいな。

 そんな気持ちがぽわっと胸の奥に灯って、LEDが静かに黄色に変わった。「よろしく」のサイン。あるいは、「また会いに行くよ」のサイン。

 コダマ村の夕暮れが、山の向こうへゆっくりと沈んでいった。