第4章
「家に連れ帰った秘密」

# 第3章「教室に持ち込んだ秘密」
授業中、俺のリュックがかすかに動いた。
一時間目の数学の途中、黒板に向いてた担任の隙に、机の横にかけたリュックのチャックのあたりをちらっと見た。ふくらみがある。あたりまえだ。あの中に、いる。なんか変な現実感。夢じゃないのに夢みたいで、でも確かにそこにいるってわかるから、胸のあたりがずっとそわそわしてる。
「溝口、問題解けたか?」
名前を呼ばれて、俺は全力で「はい」と答えた。何番の問題かも把握してなかったけど、ノートを持ち上げて見せたら担任が「まあいい」って顔をして次の生徒を呼んだ。助かった。でも冷や汗が首筋を流れた気がした。
隣の席の颯が「お前今日なんか変だぞ」ってこっそり耳打ちしてきた。
「変じゃない」
「目が死んでる」
「それはいつも」
颯は「そりゃそうか」ってちょっと笑った。こいつ、俺と小学校からの腐れ縁で、なんか妙に観察眼が鋭い。いつも俺の変化を面白そうに拾ってくる。今日はまだ何も言ってないけど、バレる前に自分から話したほうがいいのかもな、とちらっと思った。
でも、信じてくれるか?
そんなわけないか——ってなるか。うん、たぶんなる。
二時間目が終わったところで、俺は限界になってトイレに駆け込んだ。いちばん奥の個室に入って、リュックを前に抱えて、そっとチャックを開けた。
緑と青の鱗が、蛍光灯の光をぼんやり受けて光ってる。
「……生きてる、よな」
声に出したら、こいつが顔をもたげて俺を見た。まん丸の目が、俺の顔をじっと見上げてくる。なんか、妙に落ち着いてる。こっちのほうが全然落ち着いてない。
「よかった。大丈夫か?苦しくないか?」
聞いても答えるわけないのに聞いてしまった。ドラゴンはしっぽをぴっと一回振った。それだけで、なんかちょっと安心した。お前のことが心配で心臓がずっとうるさかったんだぞ、と心の中で言った。
チャックをそっと閉めて、深呼吸して、個室を出た。洗面台の鏡に映った自分の顔、目の下に薄くクマが出てきてる。颯に言われるのも当然だった。
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昼休み、颯に「ちょっといいか」と声をかけた。
「なんか告白でもすんの」
「するかよ」
「あ、男のほう?」
「どっちもしない」
颯は「つまんね」とか言いながらも、俺のあとについてきた。こいつ、絶対気になってる。だからついてくる。そういうやつだ。
人目につかないように、旧棟のうら側の、ほとんど誰も来ない外の通路まで連れていった。プランターが並んでて、植えっぱなしのパンジーがくたっとしてる。昼の日差しがあったかくて、遠くから体育の笛の音が聞こえてくる。静かで、いい場所だ。
俺はリュックを地面に置いて、チャックをゆっくり開けた。
「なに、お菓子か?」
「ちがう。見て」
ドラゴンが顔を出した瞬間、颯の時間が止まった。
さっきまでへらへら笑ってたのに、表情が全部停止して、目が点になって、口が開いて——何秒か経ってから、「は?」って声が出た。
「そう、俺も最初それしか出てこなかった」
「いや、ちょっと待って」
「待ってもそこにいる」
颯はひざまずいて顔を近づけて、ドラゴンをしばらくじーっと見た。ドラゴンも颯をじーっと見た。なんかシュールだった。
「……うろこある」
「ある」
「翼ある」
「ある」
「ドラゴンじゃん」
「そう」
颯が立ち上がって、俺の肩をつかんだ。「お前どこで拾ったんだよ」ってちょっと興奮した声で言う。目がキラキラしてた。こいつ、こういう非日常にめちゃくちゃ弱い。
公園で落ちてきたこと、リュックに入れて持ってきたこと、朝礼から今までずっとリュックの中に入れてたこと、全部話した。颯は途中「え、じゃあ数学の授業中もか?」って言って「バカじゃん」って笑った。笑ってくれたほうが楽だった。ずっと一人でかかえてたのが、すこし軽くなった感じがした。
ドラゴンを地面に下ろすと、こいつはちょこちょこと歩き出した。プランターの縁まで行って、パンジーの葉っぱをくんくんと嗅いで、気に入らなかったのかそっぽ向いて戻ってきた。
「かわいいな」って颯が言った。
「甘党らしい」
「ドラゴンが?」
「昨日いちご飴だけ食った」
颯がまた笑った。今日一番でかい声で笑った。「ドラゴンが甘党って最高じゃん」って言いながら、ポケットからグミを出して小さくちぎってドラゴンの前に置いた。ドラゴンはすぐ食べた。やっぱり甘党だった。
その日の放課後、颯と並んで帰りながら、俺は頭の中でいろいろシミュレーションしてた。
家に持ち帰る。妹にバレない。親にもバレない。どうすりゃいい。
妹の菜穂は小学四年生で、俺の部屋に無断で入ってくることがたまにある。あいつに見つかったら確実に大騒ぎになる。親は——お母さんはまだしも、お父さんは絶対「すぐ逃がしてこい」って言う。それは避けたい。
「しばらくお前の家に置けないか」
「うちは犬いるから無理だろ」
颯に一瞬期待したけど、それもそうだった。ゴールデンレトリバーがいる家に、ドラゴン持ち込んだらどうなるか。考えたくない。
「自分でなんとかしろってことか」
「そゆこと。まあ俺も考えるけど」
颯はそう言って、交差点で曲がっていった。俺は一人になって、リュックの重みを感じながら坂道をのぼった。あったかい。中でじっとしてる小さなやつが、体温を持ってそこにいるのがわかる。
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リュックを部屋に持ち込んで、ドアに鍵をかけた。
「よし、出ていいぞ」
チャックを開けると、ドラゴンがひょこっと顔を出した。机の上に乗せると、きょろきょろとあたりを見渡してから、ちょこんと座った。小さい。でも、こうして電気のついた部屋で見ると、うろこの色がまじでエメラルドっぽくてきれいだ。朝の公園で見たときより、なんか、もっちりとして見える。慣れたのか、こっちが。
「……お前、名前とかあんの?」
答えるわけないのにそう聞いた。こいつはしっぽをぱたぱたさせただけだった。
まず飯問題だ、と思って冷蔵庫を漁りにいった。肉か?草か?全部想像でしかない。ハムを一枚持ってきて、ちぎって差し出した。ドラゴンはくんくんと匂いをかいで、そっぽを向いた。レタスもアウト。チーズもアウト。
「お前なに食うんだよ」
途方に暮れてため息をついたとき、机に転がってた飴を見つけた。いちご味の、普通の飴。なんとなく舐めさせてみたら——こいつ、めちゃくちゃ食いついた。
「……甘党かよ」
突っ込まずにいられなかった。颯に話したら「やっぱりな」って言いそうだ。
夜、十一時を過ぎたころ。部屋が暗くなったタイミングで、ドラゴンが鳴き始めた。
「きゅ……きゅきゅっ」
か細い声で、なんかすごく不安そうな感じ。隣の部屋に菜穂がいる。やばい。俺は布団を持ってきてドラゴンをくるんで、「しーっ」って必死に囁いた。
「わかる、怖いよな。俺もわかんないし」
そう言ったら、鳴き声が少し小さくなった。気がしただけかもしれない。でも、こいつは俺の指をしっかりつかんで、そのまま黙った。小さい爪の感触が、ちくっと指先に残った。
その夜、ほとんど眠れなかった。
翌朝、目の下にクマを作りながら、俺はぼんやりと天井を見ていた。布団の中で丸まってるドラゴンの寝息が聞こえる。こいつ、ちゃんと寝てる。俺より全然平和そうだ。
颯には今日話した。信じてもらえた。それだけで、だいぶちがう。
でも、これからどうする。こいつは何者で、どこから来て、何が必要で、どこに帰るのか。何もわかってない。名前もない。飯もよくわからない。甘党ってことしかわかってない。
それでも。
俺の指をぎゅってつかんできた、あの感触のことを、なんかずっと覚えてる気がした。