第5章
家族の秘密

玄関に飛び込んだ桃太郎は、そのまま床に膝をついた。
「はっ……はっ……」
肩で息をしながら顔を上げたとき、リビングへ続く廊下の奥に、人影があった。
「やっと来たか」
低く、静かな声。桃太郎は目を細めた。
「……ばあちゃん?」
祖母の澄江は、桃太郎が物心ついてから滅多に顔を出さない人だった。父方の祖母で、同じ団地の別棟に住んでいるはずなのに、正月にも来ない。法事にも来ない。桃太郎の記憶の中では、ぼんやりとした輪郭しかない存在だ。
それが今、自分の部屋に上がり込んで、茶を飲んでいる。
「鍵、持ってたの」
「当たり前だよ。この部屋を用意したのはあたしだからね」
澄江はそう言いながら、畳んだ座布団を桃太郎の前に置いた。座れ、ということらしい。
靴を脱ぐ手が、まだ震えていた。でも桃太郎は黙って座った。逃げ出した学校のことも、竜輔の深紅の目のことも、全部頭の中でぐるぐるしたまま、とりあえず祖母の顔を見た。
澄江は皺の深い顔で、壁の墨書をちらりと見た。
「あの言葉、ずっと笑ってただろ」
「……まあ」
「今日はもう、笑えないね」
ぐさっときた。否定もできなかった。
澄江は膝の上に古びた木箱を置いた。蓋には家紋らしき丸い印が焼き付けてある。桃太郎は見たことがない代物だった。
「鬼はね、昔話の話じゃないんだよ」と澄江は言った。「あいつらは今も生きてる。人間に入り込んで、中から操る。お前の友達も、そうやられたんだ」
桃太郎の喉が、ごくりと動いた。
「じゃあ竜輔は」
「まだ間に合う。だからお前が動かなきゃいけない」
そのとき、桃太郎の手のひらがじわっと熱くなった。火傷みたいな熱さじゃない。もっと内側から来る、脈打つような感覚。心臓の音がやけに大きく聞こえた。
澄江の目が細くなった。
「始まったね」
その言葉が終わるより先に、玄関のチャイムが鳴った。