第2章
異変

学校の正門をくぐった瞬間、桃太郎は違和感を感じた。
朝礼の時間帯にしては人影が多すぎる。それも誰もが一点を見つめていた。桃太郎が視線を追うと、校舎の渡り廊下に竜輔がいた。
「竜輔?」
友人の姿は見覚えがあるのに、何かが違う。竜輔は普段、左足を引きずる癖がある。前の体育祭で捻挫したやつだ。だがいま、彼の足は完全に揃った動きをしていた。それも不自然なほど機械的に。
桃太郎は急いで渡り廊下へ走った。階段を二段飛ばしで上る。
「おい、竜輔!」
竜輔は振り返った。その瞬間、桃太郎は息を呑んだ。
友人の目が、違う色になっていた。いつもの優しい黒い瞳ではなく、深紅の炎のような光が燃えている。唇の端は薄く上がり、それは笑顔ではなく、何かの嘲笑に見えた。
「あ、桃太郎」
竜輔の声も変わっていた。低く、くぐもった音。まるで複数の声が重なっているような違和感。
「昨夜のメッセージ、受け取ったか?」
後ろを振り返ると、他の生徒たちも気づいていた。スマートフォンを向ける者、静かに距離を取る者。でも誰も先生に報告するわけではなく、ただ見つめている。まるで、これが当たり前のことのように。
「竜輔、何があった?」
「何があったって…」
竜輔は桃太郎に近づいた。その動きは本当に竜輔のものではなかった。関節が曲がる角度が人間離れしている。
「俺は何もしていない。ただ、昨日の夜、街を歩いていたんだ。そしたら、体が燃え始めてさ。頭の中に、すごくでかい声が響いて。『お前の体、くれ』ってな」
竜輔の口から、赤い息が漏れた。それは呼吸ではなく、確実に炎だった。
「抵抗できなかった。強すぎるんだ、その声」
「この声は?」
桃太郎の頭に、誰かの言葉が蘇った。壁に貼られた達筆な文字。
鬼退治の家筋を継ぐべし。
「おい、何をボーっとしてる?」
竜輔の手が桃太郎の首筋に伸びた。その手から、確実に熱が発せられている。
桃太郎は思わず身を引いた。手すりに背をぶつける。
「俺たちの主人は、お前を呼んでいる。桃太郎、お前はどうする?」
他の生徒たちがゆっくり近づいてくる。その目も、同じく深紅に染まっていた。昨夜のメッセージは、これだ。昨夜から、次々と何かが体を乗っ取っている。
昔話の中にだけいると思っていた鬼が、令和の学校に現れていた。