第1章
桃太郎、目覚める

朝日が差し込む狭い部屋で、桃太郎は目を覚ました。スマートフォンの目覚まし音が鳴り続けている。画面に映るのは「7:15」という時間と、既読無視のままになっているLINEの通知だ。
「あ、やべ」
寝起きの悪い高校生は、掛け布団をはぎ捨てると急いで制服に着替えた。東京の郊外にある普通の団地の、普通の部屋。壁には古びた家系図と「鬼退治の家筋を継ぐべし」という達筆な墨書が飾られていたが、桃太郎はいつもそれに目もくれない。曽祖父の代の迷信だと思っていたからだ。
学校への道中、スマートフォンを片手に歩く。友人の竜輔からのメッセージは昨日の夜中三時、四時、五時と続いていた。内容は不気味だった。
「ねえ、桃太郎」
「俺、今どこにいると思う?」
「街を歩いてるんだ」
「でもさ、体が勝手に動くんだよ」
「俺の意思じゃなく」
普通の友人がこんなメッセージを送ってくるはずがない。竜輔は明日の数学の小テストが不安だとか、好きな子に話しかけられないとか、そういう平凡なことを話す奴だ。
学校に着いても竜輔の姿はなかった。朝礼でも名前は呼ばれず、担任が「竜輔くんは本日欠席します」と告げただけだ。
その日の昼休み。桃太郎は公園に竜輔を探しに行った。昨夜のメッセージの位置情報から、このあたりだろうと当たりをつけていたのだ。
公園のベンチに、竜輔はいた。
しかし、その姿は異様だった。目は虚ろで、口元には不自然な笑みが浮かんでいる。体は小刻みに震えており、まるで誰かに操られるマリオネットのようだ。
「竜輔!」
桃太郎が声をかけると、竜輔の顔がゆっくりとこちらを向いた。その動きは、まるで油の切れた機械のように重い。そして、竜輔の口から漏れた声は、本人のものではなく、何か別の存在が発しているように聞こえた。
「桃太郎……お前か。昔話の血を引く……」
その瞬間、空気が歪んだ。竜輔の背後、薄ぼんやりとした光の中に、何かが見えた。人間ではない何かが、友人に寄生している。SNSで叩かれた悔しさ、学校での孤立感、将来への不安──そうした負の感情を吸い取るように、黒い靄のような怪物が竜輔を包んでいた。
「何だ、こいつ……」
桃太郎の体が反応した。胸の奥から、何かが目覚める感覚。家訓など信じていなかった自分の血が、何千年も前から継がれてきた力が、この瞬間初めて目覚めようとしていた。