三毛猫メルの冒険/14

14

桜と希望と新しい道

第14章 挿絵

# 桜の下の希望

公園に入った瞬間、わたしの足がぴたっと止まった。

広い。想像してたより、ずっと広い公園だった。石畳の道の両端にベンチがあって、人間たちが何人かのんびり座ってる。遠くで子供の声がする。雨上がりの公園って、こんな匂いがするんだ。湿った土と、草と、それからあの大きな木の、甘いような渋いような不思議な匂い。

大きな桜の木は、公園の真ん中あたりに立ってた。茶トラが言ってたのは、これだ。絶対にこれだ。幹はわたしの何十倍も太くて、どっしりと地面に根を張ってる。葉っぱが風にさらさら揺れて、木漏れ日が地面にきらきらとした模様を作ってた。

そしてその木の根元に、オレンジ色の毛並みがあった。

「お母さん!」

気づいたときには走ってた。声が出てた。足が地面を蹴って、石畳の上を全力で駆けていく。心臓が喉から飛び出しそうなくらいばくばくして、頭が真っ白になって、ただそのオレンジ色に向かって突っ込んでいく。

でも。

近づくにつれて、何かがおかしいって気づいた。

体の大きさ、違う。もっとずっと大きい。背中の模様の入り方も、シルエットも、わたしが毎日見ていたお母さんとは違う。足が自然とゆっくりになって、最後はぴたっと止まってしまった。

お母さんじゃない。

喉の奥がぎゅっとなった。胸のところが、重くなった。あんなに必死で走ったのに。声が出てしまうくらい確信してたのに。足元の石畳を見つめながら、わたしはゆっくりと息を吐いた。

オレンジ色の猫は、わたしの気配に気づいてこっちを向いた。目がぱっちりした、落ち着いた雰囲気の猫だ。わたしよりいくつか年上に見える。耳の形がきれいで、毛並みも野良猫にしてはふわっとしてる。

「探し物?」

その猫が言った。声は静かで、敵意はない。テリトリーに侵入したって怒鳴られるかと思って身構えてたから、ちょっと拍子抜けした。

わたしは深呼吸して、口を開いた。「オレンジ色の猫を探してて。三毛猫の親猫なんだけど」

「三毛猫の子猫か」

オレンジの猫はわたしをじっと見た。頭のてっぺんから尻尾の先まで、確かめるみたいに。それからふうん、と小さく息を吐いた。

「大雨の翌日、川沿いでオレンジ色の猫を見かけた。濁流にやられた猫が何匹か、あっちの方に流れ着いてたんだよ」

心臓がばくんと跳ねた。川沿い。まだ一度も行ったことのない場所。でも確かにある。この街のどこかに。

「本当に!?」

思わず前に一歩踏み出してた。オレンジの猫は驚いた様子もなく、静かにうなずいた。

「本当。元気そうだったかは知らないけど、歩いてた」

それで十分だった。歩いてた。それだけで十分すぎるくらいだった。わたしの全身に、じわっと温かいものが広がった。ずっと、ずっと心の奥に積もってた重さが、少しだけほぐれていくみたいな感覚。お母さんは生きてる。川沿いにいる。流されて、それでも歩いてた。

クロが「生き残ることが全てだ」って言ってた言葉を思い出した。お母さんもきっと、そうやって生き残ってるんだ。わたしと同じように。

お礼を言って公園の出口に向かうと、すぐに気づいた。

あの女の子がいた。

植え込みの脇に立って、ランドセルを揺らしながら、こっちを向いてにっこり笑ってる。昨日パンをくれた子だ。まん丸な目と、少しほっぺたが赤くなってる顔が、あの時とまったく同じだった。

「また会ったね、三毛ちゃん。お母さん、まだ見つかってない?」

わたしはみゃあって鳴いた。自然と声が出た。この子に対しては、なんでかそういう気持ちになれる。

女の子はランドセルをがたんと揺らしながらしゃがんで、そっとわたしの頭に手を置いた。大きくも小さくもない手で、クロの毛並みとも石畳とも違う、ふわっとした温かさだった。

「大丈夫だよ。きっとどこかで待ってるよ」

その言葉が、ずんと胸の奥まで沁みていった。

大丈夫。きっと待ってる。

知らない人間の女の子が言ってくれた言葉なのに、どうしてこんなに確かに聞こえるんだろう。クロに「生き残れ」って言われた時とも、茶トラに情報をもらった時とも違う感じがした。もっとやわらかくて、もっとあたたかくて、お母さんの声を少しだけ思い出させるような。

わたしは一回だけ、女の子の手に顔をすりつけた。

川沿いへ行こう。わたしはそう決めた。

クロに教わったことは全部持っていく。ゴミ箱の蓋の開け方も、車が来る前の空気の変化も、細い路地を選んで逃げることも。それから茶トラが教えてくれた「落ち着いて話せ」ってことも、オレンジの猫が教えてくれた川沿いの話も。

この三日間で、わたしは結構いっぱいのことを覚えた。雨に流されてひとりぼっちになった子猫が、自分の力でゴミ箱を開けて、野良犬から逃げて、知らない猫に声をかけて、ちゃんとここまで来られた。

まだ怖いのは怖い。川沿いがどんな場所か、何も知らない。お母さんが本当にそこにいるのかも、わからない。でもクロが言ってた。「お前、もう大丈夫だ」って。

わたしはもう一度だけ女の子を振り返って、それから川の方向を向いた。

風が吹いて、桜の葉がさらさら揺れた。

一歩、踏み出した。

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