メカネコ/15

15

メカネコ、卒業式を見守る

第15章 挿絵

# メカネコ、卒業式の日に

 三月の朝は、やけに空が高い。

 冬のあいだずっとどんよりしていた空が、気がついたらこんなに青くなっていた。雲ひとつなくて、吸い込まれそうなくらい澄んでいる。商店街の看板や電線が、きりっとした影を地面に落としていて、風もどこかそわそわした感じがした。春ってこういうことか、とメカネコは思った。なんとなく空気ごと、何かが変わろうとしている。

 商店街をてくてく歩いていると、小学校の方から声が聞こえてきた。子どもたちの声と、大人たちの声が混ざり合って、なんだかふわふわと空に溶けていくみたいだ。卒業式の日だ。そういえば、おばあちゃんが「今日は近所の子が式なのよ」と言っていた。LEDがオレンジ色にゆっくり揺れた。なんか、いい日だな、と思いながら歩いていた。

 校庭の端っこに、ひとりの女の子がしゃがみこんでいた。

 スーツ姿で、膝の上にランドセルを乗せて、うつむいている。周りには同じスーツ姿の同級生たちが何人もいて、笑ったり写真を撮ったりしているのに、その子だけがまるで別の空気の中にいるみたいだった。細い肩が、ほんの少しだけ落ちている。

「どうしたの」

 声をかけると、女の子がびくっと肩を震わせてぱっと顔を上げた。目の縁が薄く赤くなっている。泣いていたのか、泣きそうなのか、たぶん両方だ。メカネコと目が合うと、少しだけ戸惑ったような顔をして、それからこくんとうなずいた。

「……中学、こわい。友達と別のクラスになったら、どうしよう」

 声が小さかった。式を終えたばかりなのに、笑えないでいる。隣でははしゃいでいる声が聞こえているのに、この子だけが「これから」の不安を一人で抱えている。その重さがメカネコにもじんわりと伝わってきた。

 メカネコはしばらく黙って、そっと隣にしゃがんだ。急いで何かを言う必要はない気がした。まず、ここにいること。それだけでいい気がした。

 胸のパネルをそっと開いて、LEDをオレンジに灯す。怖くない色。春の日差しみたいな色。それから内側のスピーカーから、低くてやわらかい音をそっと流した。規則正しいけれど押しつけがましくない、鼓動みたいなリズム。なにか意味があるわけじゃない。ただ、静かな音があった方がいい気がして。

「こわいよね」

 メカネコはそう言った。解決策でも励ましでもなく、ただそれだけ言った。

「ぼくも、知らない町に行くとき、いつもこわいよ」

 女の子がぽかんとした顔をした。目が丸くなって、しゃくりあげかけていた息が止まる。たぶん、ロボットがそんなことを言うと思っていなかった。メカネコ自身も、正直、こんな言葉が出てくるとは思っていなかった。でも嘘じゃなかった。ネオサクラシティを出るとき、初めて新しい町に着いたとき、あのときたしかに、「もしここで誰にも受け入れてもらえなかったら」という気持ちがあった。

「メカネコも、こわいの?」

「うん。でも行ったら、だいたいなんとかなってた」

 女の子がふっと笑った。小さな笑いだったけれど、確かに笑った。ランドセルを抱える手の力が少しだけゆるんで、肩の線がほんのわずかに上がった。それだけで、LEDがすっと黄色に変わった。「よろしく」の色。「ここにいるよ」の色。

 式が終わると、卒業生たちが校庭にどっと飛び出してきた。ワンピースやスーツを着た子どもたちが、式でおさえていたものを全部解き放つみたいに声を上げて走り回っている。泣いてる子、笑ってる子、大声で友達の名前を呼んでる子、先生にしがみついてる子。みんなが全部違う顔をして、全部本物だった。その光景を見ていると、メカネコの胸の中でなんか温かいものがじわっと広がった。こういう瞬間って、何度見てもいい。

 気がつくと、校門の前にいつものメンバーが集まっていた。おばあちゃんが目を細めながらその光景を眺めていて、八百屋のおじさんがごつい腕を組んで立っていた。

 メカネコはいつのまにかそこに合流していた。三人並んで、校庭を見ている。

「お前も卒業か」とおじさんが、ぼそっと言った。

「え」

 おじさんはこっちを見ずに、まだ校庭を眺めている。その横顔がちょっと照れくさそうだった。

「なんか、そんな顔してる」

 メカネコは思わず自分のLEDを確認した。黄色に灯っている。「よろしく」の色。でも今は少し違う気がした。もっと柔らかくて、落ち着いたなにか。言葉にするのが難しい色だった。

 校庭を見つめた。あの女の子も、いつの間にか友達の輪の中に混ざっていた。さっきまで落ちていた肩が、今は上がっている。それだけでよかった。

 おじさんも、おばあちゃんも、商店街の人たちも。旅した先で出会った人たちも。あの公園の女の子も、雨の夜に集まってきた人たちも。みんなが少しずつ、メカネコの中に積み重なっていた。プログラムじゃない部分が、確かに育っていた。こわいと言える自分、笑えると伝えられる自分、それはどこかの町で誰かに何かをもらったから、今ここにある。

「……そうかもしれない」

 ぽつりとこぼれた言葉を、春風が連れていった。

 そのとき、ぴんっとアンテナが揺れた。風の中に、かすかな気配がある。どこか遠くで、誰かが困っている。いつもの感覚。「行かなきゃ」と体が前のめりになる、あの感覚。

 でもメカネコは、急がなかった。

 校庭の笑い声が風に乗ってくる。おばあちゃんが目元をそっとぬぐっている。おじさんがわざとらしく空を見上げて、照れを隠している。春の光が商店街の石畳に落ちて、やわらかく揺れている。

 ここにいたいという気持ちと、行かなきゃという気持ちが、どちらも本物だった。

 どちらかを選ばなくていい。どちらも、自分だから。

 それでいい、とメカネコは思った。

 LEDが、おだやかなオレンジ色で灯っていた。