第1章
第1章 雨の日のお別れ

わたしは三毛猫のメル。黒と茶色とオレンジ色が三つ編みみたいにモザイクされた毛並みが自慢で、好奇心旺盛でちょっぴりやんちゃな性格だ。親猫といっしょに、街の静かな路地裏で暮らしてた。
その日までは。
朝は普通の日だった。ぬくぬくの段ボール箱で寝て、親猫のお母さんが持ってきてくれた朝ごはんをぱくぱく食べて、昼間は路地裏の壁をよじ登ったり、ネズミの足音を聞いてみたり、いつもどおりの遊びをしてた。でもお昼過ぎから、空の色が変わってきたんだ。
灰色だ。重い灰色。
それから急に空気が冷たくなって、ぱらぱらって来た雨が、いきなりざあああああって、ものすごい勢いで降ってきた。こんなの見たことない。横殴りの雨が、路地裏のあちこちから水を噴き出させて、靴が水に浸かったら取り返しのつかないことになりそうな迫力だ。
「お母さん!」わたしは鳴いた。「お母さん、これなに!」
親猫が素早く動いた。「メル、こっちだ。すぐに」って声で、わたしに安全な場所へ逃げるように指示した。錆びたトタン屋根の下へ。古いビルの軒下へ。でもわたしはそのとき、路地裏の奥の方で拾ったぴかぴかなボタンを、ちょうど失くしてたんだ。雨の中で一生懸命探してて。
「メル!」お母さんの声。
「待ってて!すぐだから!」
ドタバタ、ドタバタ。わたしは暗くなった路地裏を走った。あのボタン、雨で流されちゃだめだ。大事なボタンだから。でも、視界はどんどん悪くなる。雨は激しくなる。足音も見分けられなくなって……。
気がついたときには、見たことない景色だった。
大通りに出ちゃってたみたい。高いビルが立ち並んで、走ってくる人間たちが大声で何か叫んでる。傘の柄が何本も何本もうなりをあげて、足元は水たまりだらけ。わたしは濡ねずみ状態で、うずくまっちゃった。
「お母さん……」わたしは鳴いた。小さい声で。
親猫はもう見えない。見えなくなってどのくらい?秒?分?わからない。心臓がばくばくしてる。怖い。初めての街。初めての人間たちがいっぱい。雨はやむきっぱいで、わたしの毛はずぶ濡れだ。
でもね。その瞬間、変なことに気づいたんだ。
怖いのは怖いんだけど、同時に、わたしの心のどっか奥底では、こう思ってた。
「まあ、どうにかなるでしょ」ってね。
そう思える性分なのか、それとも単に気楽なだけなのか。わたしはそのまま、雨の中の大通りで立ち上がった。
「お母さん、どこ?」小さく鳴きながら、わたしはさまよい始めた。大冒険は、こんなふうに始まったんだ。